Q and A 

1. どんな人びとが、「踊れ、グローズヌイ!」をつくったのか? ヨス・デ・プッター監督

 
第1回 シカゴ国際ドキュメンタリー映画祭(2003年)で
グランプリ・トロフィーを手にした
ヨス・デ・プッター(Jos de Putter)監督

 ヨス・デ・プッターは、オランダ人で1959年生まれ、ドキュメンタリー作家ですが、映画批評家、
脚本家としても知られています。ライデン大学では政治学と比較文学を学びました。オランダの
映画雑誌「スクリーン(SKrien)」の編集部に入り、オランダのテレビ局で仕事をし、ドキュメンタリー
の作家となったは1993年です。

 デビュー作は、田舎で農業にいそしむ晩年の両親を描いた「それは愛しき日々であった」で、オランダ
の映画界から高い評価を受けました。彼は、社会派のドキュメンタリー作家として知られ、さまざま
なテーマを取り上げていますが、日本で取材した、「長崎物語」(1996年55分)があります。被爆体験
を持つ長崎出身のジャーナリスト草壁久四郎氏ー(毎日映画社の社長をされていた時期もある)と共に
長崎を訪れる話だとか。

 チェチェンとの関わりは、1999年に完成した「新帝国の創生」(95分)で、はじまりました。

 「新帝国の創生」(1999年95分)のポスター
この作品は全編をウェブ上で見ることが出来ませんが、カディーリー教団のスーフィーの「ジクル」と
いう宗教的な円舞のシーンが見られます。「ライ・ラハ・イラッラ (アッラーの他に神は無し)」という
イスラームの信仰告白の最重要とされる言葉を叫んで人々が恍惚状態になる様子が見られます。
前者はグローズヌイで撮られたようですが、後者は南東部のヴェデノ村でのヤルホイ・テイプの
大集会のシーンの一部で、ヌハーエフも登場しています。

 この作品は、モスクワでマフィアの頭目と恐れられながら、チェチェン独立の草分けとなった特異な
人物、ホジ=アフフメード・ヌハーエフと彼の壮大な夢を通じてチェチェンとチェチェン人を描こうとした
ものです。彼は、ジョハル・ドゥダーエフ初代大統領の盟友で、彼の下では、重傷を負って国外に出
ると、トルコのイスタンブールでチェチェン共和国在外総代表を務め、ドゥダーエフが暗殺された後を継い
だヤンダルビーエフの下で第一副首相となり、その当時(1997年)に政府代表団を率いて来日して
います。その後、同年民主的な選挙が行われて、マスハドフが大統領になると、野に下って総合商社、
コーカサス共同市場(CCM)を近隣のアゼルバイジャンの首都、バクーで興します。この作品はCCMの
始まりの頃を描いています。作品が完成したころ第二次チェチェン戦争が始まり、ヌハーエフの夢は
挫折しますが、プッター監督は、彼の閉鎖社会論と、グルジアで壊滅した部隊を再建してチェチェンへの
反攻を図る野戦司令官ハムザト・ゲラーエフを描いた「山」を制作します。並行して、ヌハーエフも支援
していたグローズヌイの舞踊家ラムザン・アフマードフを描いた、「踊れ、グローズヌイ!」にもとりかかった
のでした。戦乱のチェチェンを逃れた女性映像作家、ザーラ・イマーエワは、1980年代モスクワ大学
ジャーナリスト学科で学んだ頃から、法学部にいたヌハーエフをよく知る仲でした。彼女はバクーに
逃れて、およそ2年間、ヌハーエフの下で広報担当を務めます。その間に、ヌハーエフの私物のビデオ
カメラを使って撮った記録が、「子どもの物語にあらず」です。彼女は、ヌハーエフの下で、プッター監督ら
のチームをサポートする仕事もしています。

 その後、プッター監督は、チェチェン戦争を通じて、自らの立場に疑問を抱きはじめ、遂には反逆して
亡命先のロンドンで暗殺されたロシアFSB(連邦保安庁)将校を描いた「追悼!、アレクサンドル・リトビ
ネンコ」も制作しています。
英語版の「追悼!アレクサンドル・リトビネンコ」は全編を制作したオランダ
公共テレビ局VPROがYouTubeからストリーミング配信しています。



マーシャ・ノヴィコワ(Masha Novikova)

 「踊れ、グローズヌイ!」について触れるならば、もう一人、ロシア人の女性映像作家、マーシャ・
ノヴィコワの名前も挙げておくべきでしょう。1956年モスクワで生まれた彼女は、モスクワ大学で教育学
を学び、ロシア語とロシア文学の教師を務めたあと、1988年にオランダに移住、以来アムステルダムで、
映像作家となることを目指します。彼女が参加することで可能になったロシア取材は少なくなく、レオ・
デ・ボエル監督の「グローズヌイへの列車」(2000年)の製作にも参加しています。彼女は、プッター
監督や大掛かりなスタッフが入れないグローズヌイ取材を小型のソニーPD-150ビデオカメラで引き受け
ています。また、「踊れ、グローズヌイ!」は、殆どの登場人物の使う言葉がロシア語と部分的に
チェチェン語なのですが、その通訳・翻訳を引き受けています。彼女の役割は、その後もどんどん拡大
しており、2006年にロンドンで暗殺されたFSB元中佐を扱った「追悼、アレクサンドル・リトビネンコ」では、
プッター監督と肩を並べて共同監督として参加、続いて完成させた、同じ年、モスクワで暗殺された女性
記者ポリトコフスカヤに関する、「アンナ 最前線での7年間」では、独立した監督となっています。彼女
抜きには、「踊れ、グローズヌイ!」の成功も語れないでしょう。チェチェンを扱った作品では、「3人の同僚」
(2006年)という作品もあります。

「アンナ 最前線での7年間」は、オランダ、アムステルダムで開催されたアムネスティ国際映画祭2008年
3月の開会式に初上映された作品で、開会式の映像クリップに、彼女もちょっと顔を出しています。

 「アンナ 最前線での7年間」(2008年78分)から
ロシア語版(英文字幕版)は画面が小さいですが、全編ウェブ上で視聴可能です。


2. 主人公の舞踊家、ラムザン・アフマードフさんについて。

3. 青少年舞踊団「ダイモーク」について。

4. チェチェンの現状はどうなっているのか? グローズヌイの今は?

5. 「躍れ、グローズヌイ!」の上映会をしたいんだけれど。

6 チェチェンの歌や踊りについて もっと知りたい。 

7. チェチェンの民族舞踊団を日本に招くことはできるのか?

8. 付録について 詳しい背景を知りたい。


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