踊れ、グローズヌイ! Q and A

3. 青少年舞踊団「ダイモーク」について。

 ラムザン・アフマードフさんが1999年にグローズヌイ市の支援で設立した、青少年舞踊団「ダイモーク」は、
2003年にチェチェン共和国立青少年歌舞団「ダイモーク」という、チェチェン共和国文化省直属の国立舞踊
団となっています。文化省直属の舞踊団は、現在三つあって一番有名なのは「ワイナフ」です。この歌舞団
の創立は70年近い昔です。指導者のラムザンは、かつて、この「ワイナフ」の有力な団員でした。こちらは、
大人の舞踊家たちの舞踊団です。さらに「ノフチョ」という青少年歌舞団もあります。


 「ダイモーク」の事務所もチェチェン共和国文化省の入る、チェチェン文化振興センタービルの一角にあります。
このことは、複雑な現状を物語っています。チェチェンの民族舞踊団というのは非常に数が多く、チェチェン
国内、モスクワ、ロシア国外を問わず、チェチェン人の富豪の数だけ、チェチェン民族舞踊団があるという状況
です。チェチェン人の間では、富豪のステイタスの証は、民族舞踊団のパトロンであるということがあるようです。
その中で、「ダイモーク」最高のステイタスをもった舞踊団ということが言える訳です。

 舞踊団自体の陣容もかなり成長しており、戦争前の60人から、再建時の40人、ここから70数名に膨れあがり
団員以外に予備的な訓練を受けている子どもたちの数は200名になっています。

 
自前の稽古場が無いため中学校の体育館でリハーサル

 しかし、一方で、「ダイモーク」はまだ、文化省の事務所の一角に間借りする身で、自前の舞踊団事務所を
持てないでいるということ、舞踊団の独自の稽古場も確保できていないという状況です。ですから団員の子ども
たちが通う、グローズヌイ市立第14中学校という、一番早く再建された中学校の体育館が、稽古場として使われ
ています。もっともこれは、当面と言うことかも知れません。2007年2月12日のチェチェン共和国政府公式サイトは
大統領が「ダイモーク」を視察し、稽古場を早急に整備する必要を認め、不足する予算は、これまで困窮家庭の
支援などを行ってきたカディロフ財団の資金を充当しようなどと語っています。


 「ダイモーク」の団員の年齢構成は、ロシアの学校制度とほぼ同じです。中学校という呼び名で呼ばれて
いますが、日本で言うと小中高校全てを一貫11年教育で行っています。ですからほんの小さな子どもから、
大きなお兄さん、お姉さんまで一緒の学校に学んでいるわけです。予告編で学校の前で踊るシーンがありますが、
ここで踊っているのは、アミナート・アフマードワ(1985年生まれ)、ラムザンの娘さんです。現在では、舞踊家
としてだけでなく、有名な歌手としても活躍しています。まだ20代前半の若さで、既にチェチェン共和国とイングー
シ共和国双方の功労芸術家の称号をもっています。上の写真の左手前で踊っているのも彼女です。



アミナートが歌っている歌のアルバムが配信されています。全部で13曲あります。
http://www.sobar.org/audio/amina.htm
アミナートがさまざまな活動を語っているインタビュー記事がありました。
Nohchi.vu: 2008.2.13. 人生としての創作活動
http://www.nohchi.vu/interview/detail.php?ID=35863

また、インタビューで爆撃下のグローズヌイについて語る
少年二人のうち、一人はラムザンの息子さん、ハッサンですが、イギリスに留学中です。


 イギリスにはチェチェン反戦活動の中で1994年に組織されたCPCD(平和構築コミュニティー開発センター)という
クエーカー教徒が中心になったNGOがありますが、その中心人物、クリス・ハンター氏が、保護者として彼らと
共同生活を続けています。ダイモークのヨーロッパ巡演というのは、CPCDとクリス・ハンター氏抜きには語れない
ものです。現在でこそ、国の助成もあり、ロシア各地での公演も数多いのですが、2000年当時から、CPCDの
根回しで、毎夏、中学校の夏休みの時期にヨーロッパ巡演が行われ、その収益で、「ダイモーク」の活動維持費
がまかなわれてきたのです。「踊れ、グローズヌイ!」のシーンの中で、団員のこどもたちが食事をしているシーン
がありますが、これはクエーカーの友会施設(教会とは言いません)です。

CPCDの「ダイモーク紹介ウェブページ: 
http://www.cpcd.info/daimohk/about_cpcd.htm

並行して存在していますが、CPCDは 現在は、Peacebuilding UK(英国平和構築)と呼ばれているようです。
http://peacebuildinguk.org/?page_id=4


 クリス・ハンターさん

 クリス・ハンター氏は、第2次チェチェン戦争が始まった当初、日本のチェチェン反戦平和運動の草分けである
市民平和基金の招きで来日されたことがあります。その熱心な活動に対して、ロシア政府は、ロシア国内入国
禁止処分という不当な仕打ちをしました。クリス・ハンター氏は、日本山妙法寺の寺沢潤世師やフリー・ジャーナ
リストで岡田一男と共に「チェチェンの子どもたち日本委員会(JCCC)」共同代表を務める林克明さんと共に、
第一次チェチェン戦争が始まったとき、ロシアとチェチェンの母親たちが、息子たちが殺し合うのを食い止めようと
組織したモスクワ=グローズヌイ母親平和行進の参加者です。

 しかし、チェチェン文化省のサイトを見ると傘下組織「ダイモーク」の紹介ページでは、正当にCPCDの貢献・支援
を高く評価しています。

http://www.mkchr.com/main.mhtml?Part=21&PubID=445

 チェチェン共和国がまだ廃墟の中にある2000年、早くも舞踊団ダイモークは、トルコでの公演に招かれています。
このとき大きな支援をしたのは、隣国イングーシ共和国のルスラン・アーウシェフ大統領(当時)でした。また彼らが
バスで、東隣のダゲスタンからアゼルバイジャンを経由して、トルコへ向かう道中、アゼルバイジャンで彼らを
サポートしたのは、当時バクーを足場に活動していた、ホジ=アフメード・ヌハーエフでした。その人物を取材して
いた縁で、ヨス・デ・プッター監督による「踊れ、グローズヌイ!」制作が実現したのです。またヌハーエフの「閉鎖
社会財団」のヨーロッパセンターはオランダのアムステルダムにあり、この団体も「ダイモーク」の欧州巡演旅行の
スポンサーの一つになっています。「踊れ、グローズヌイ!」のエンドクレジットには、目立ちませが、CPCDや、
クリス・ハンター氏の名前とともに「閉鎖社会財団」欧州センターが名を連ねています。

「ダイモーク」のヨーロッパ巡演中にオランダの写真家エディ・ファン・ウェッセルは、「ダイモーク」を取材して、美しい
写真を残しています。彼の写真は、ウェブ上でも見られます。
http://www.xs4all.nl/~eddy38/DAYMOCHK/dance.html



参照資料:
Grozny_Inform: 2008.8.1. 児童歌舞団「ダイモーク」はチェチェン文化普及活動を続けている
http://www.grozny-inform.ru/main.mhtml?Part=12&PubID=8074

Kavkazskiy_Uzel: 2005.8.6. チェチェンの首都グローズヌイの児童歌舞団「ダイモーク」の巡演完了
http://www.memo.ru/hr/hotpoints/caucas1/msg/2005/08/m48633.htm

Chechnyagov.ru: チェチェン共和国政府公式サイト 2007.2.12. カディロフ大統領児童歌舞団「ダイモークを視察
http://chechnya.gov.ru/page.php?r=126&id=2022


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